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広島高等裁判所 昭和28年(ネ)68号 判決 1954年3月30日

尾道市土堂町二百九十七番地

控訴人

一誠合資会社

右代表者無限責任社員

宮地清蔵

右訴訟代理人弁護士

森井孫市

被控訴人

右代表者法務大臣

犬養健

右指定代理人

西本寿喜

長谷川茂治

吉田豊

服部賀寿男

横田稔雄

右当事者間の昭和二十八年(ネ)第六八号貸金請求控訴事件につき、当裁判所は次の通り判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

第一、被控訴人の主張

(一)  請求原因

(1)  訴外宮地清蔵は控訴人が訴外株式会社大阪銀行尾道支店に対し負担していた借受金債務につき、その保証人として控訴人のため、昭和二十四年三月三日金七十万千九百六十円四十銭同月四日金二十万二百三十二円合計金九十万二千百九十二円を右訴外会社に対し支払つたところ、その後控訴人は宮地清蔵に対し右金額の内金十八万八千五百六十六円二十一銭を弁済したので、宮地清蔵は控訴人に対しその残額金七十一万三千六百二十六円十九銭の求償債権を有するものである。そしてこれについては、利息及び弁済期の定めはなかつた。

(2)  右宮地清蔵は、昭和二十五年度所得税(課税年度昭和二十二年度)金八百六十八万五千六十二円利子税延滞加算税督促手数料、昭和二十五年度所得税(課税年度昭和二十三年度)金千百三十八万三千二十三円利子税延滞加算税督促手数料、昭和二十五年度贈与税金二万五千二百六十九円利子税延滞加算税、昭和二十五年度再評価税金二万七千百二十円利子税延滞加算税を滞納したので、広島国税局長収税官吏大蔵事務官橋本実春は同人に対する滞納処分として、国税徴収法第二十三条の一第一項の規定に基いて、昭和二十八年十月二十九日宮地清蔵の控訴人に対する前示求償債権の差押をなし、同日債務者たる控訴人に対し右差押の通知をなし、且つ同日前示法条第二項の規定により滞納者宮地清蔵に代位して控訴人に対し同年十一月六日までに右債務を支払うよう催告した。

(3)  しかるに控訴人はこれに応ぜず、また宮地清蔵も前示滞納税金を納付しない。よつて被控訴人は控訴人に対し、前示金七十一万三千六百二十六円の支払を求めるため本訴に及んだのである。

(二)  控訴人の答弁に対し

本件求償債権につき、控訴人主張の如き、返済に関する特約の存する事実は否認する。控訴会社は訴外宮地清蔵が代表社員としてその経営の実権を掌握している同族会社であること並びに右特約を記載した乙第二号証の契約書に確定日附の存しないことから考えてみると、昭和二十五年十二月十二日の差押以後宮地清蔵と控訴人との間において勝手にその日附を差押以前に遡らせて右乙第二号証の如き書面を作成することは通常容易に行いうることであるから、右乙号証の記載の信憑力は極めて薄弱であるといわざるをえない。

更に、控訴人は右乙第二号証の日附の後である昭和二十四年四月九月から同月十三日までの間に、本件求償債務の内金として金十八万八千五百六十六円二十一銭及び宮地清蔵に対するその他の債務の弁済として金六十四万五千九百九十二円を支払つているのであるが、その当時控訴人は欠損状態にあり決算利益が生じていなかつたのであるから、右乙第二号証の記載の信用し難いことは勿論、控訴人の前示特約に関する主張が失当であることは明白である。

(三)  訴の変更の抗弁に対し

被控訴人は原審以来、第一次的に訴外宮地清蔵の控訴人に対する単純な消費貸借に基く債権の支払を請求し、第二次的に若し右債権が控訴人主張の如き求償債権であるとするならば、その求償債権を目的として右当事者間に準消費貸借が成立したものであることを主張して来たのであるが、当審において従来の主張を撤回して、控訴人に対し右求償債権の支払を求めるに至つたのに過ぎないのであるから、訴訟物たる債権の発生日時、金額等に何等の変更もなく右訴の変更は請求の基礎に変更を及ぼさないものである。また被控訴人は、控訴人の主張する事実に基いて右訴の変更をなしたのであるから、控訴人は被控訴人の新に主張する事実を否認できないわけであつて、右訴の変更により訴訟手続を遅延せしめるものではない。従つて被控訴人のなした訴の変更は適法として許さるべきものである。

第二、控訴人の主張

(一)  控訴の変更に対し

(1)  被控訴人は原審以来、訴外宮地清蔵が控訴人に対して金七十一万三千六百二十六円の貸金債権を有するものとなし同訴外人に対する滞納処分として昭和二十五年十二月十二日右債権を差押え、同訴外人に代位して控訴人に右債権支払を求めると主張して来たところ当審においてその請求原因を変更して、同訴外人が控訴人に対して右同額の求償債権を有するものとなし昭和二十八年十月二十九日右債権を差押え、同訴外人に代位して右債権の支払を求めるに至つたものである。しかしながら、前者の貸金債権と後者の求償債権とはその債権の性質を異にし、且つ代位権の発生原因も異にするものであるから、右訴の変更は請求の基礎に変更を来たすものであつて、不適法である。

(2)  右訴の変更が許すべからざるものである以上、旧訴が残存することとなるが、被控訴人は前示の通り、昭和二十五年十二月十二日なした前示貸金債権の差押を、その債権の存在しないことを認めて、昭和二十八年十月解除したのであるから、右債権に対する被控訴人の代位権はこれがために消滅し、従つて旧訴もまた不適法の訴として却下せらるべきものである。

(二)  答弁

(1)  被控訴人主張事実中、訴外宮地清蔵の租税滞納を理由として、被控訴人主張の日時その主張の如き求償債権が差押えられ控訴人に対しその通知並びに右債権の支払方の催告のあつた事実は認めるが、宮地清蔵の滞納税額は争う。

(2)  控訴人は訴外株式会社大阪銀行尾道支店より、訴外宮地清蔵の同銀行に対する預金を担保として、金九十万を借受けたがその支払ができなかつたため、右訴外銀行は昭和二十四年三月三日金七十万円、翌四日金二十万円を宮地清蔵の右預金を以てその弁済に充当したので、宮地清蔵は控訴人に対しこれが求償権を取得しその後内払を受け被控訴人主張の如き残額の債権を有するものである。

(3)  控訴人と訴外宮地清蔵との間においては、同訴外人に対する控訴人の債務の返済について控訴人の決算利益が生じた場合においてのみ、その都度話合の上利益の一割以上を返済する旨の特約が昭和二十四年三月三日成立しているところ、控訴人の決算利益はその後生じないので、前示求償債権の弁済期は未だ到来しないから、被控訴人の請求は失当である。

証拠として被控訴代理人は甲第一号証の一から十七まで、第二号証の一、二第三号証、第四号証の一、二、三、四、第五号証の一、二、第六号証、第七号証の一から七まで、第八号証の一から五までを提出し、原審証人大津健治、原審及び当審証人信岡正夫の各証言を援用し、乙第二号証の成立は不知、その他の乙各号証の成立を認めると述べた。

控訴代理人は、乙第一号証から第五号証までを提出し、原審証人大田垣麟次、永俊敏正、当審証人三浦数政の各証言並びに原審における被控訴会社代表者宮地清蔵本人訊問の結果を援用し、甲各号証の成立を認めた。

理由

先ず訴の変更の抗弁について判断する。

原審において被控訴人は本訴の請求原因として訴外宮地清蔵は控訴人に対し、昭和二十五年十二月十二日現在金七十一万三千六百二十六円十九銭の貸付金残金の債権を有していたところ、被控訴人は右宮地清蔵に対する租税滞納処分として、昭和二十五年十二月十二日右貸金債権を差押えたから、同人に代位して控訴人に対し右金額の支払を求める旨主張したのであるが、これに対し控訴人は答弁として控訴人は宮地清蔵よりの借受金はないが、同人に対し同金額の求償債務を負担している旨主張したので、被控訴人は仮に、前示貸金債権が存在しないとすれば、被控訴人の差押えにかかる債権は控訴人主張の如き求償債権を目的として宮地清蔵と控訴人との間に成立した準消費貸借契約に基く債権であると予備的に主張し、更に被控訴人は当審における昭和二十八年十一月九日の口頭弁論期日に宮地清蔵は控訴人に対し控訴人主張の如き求償債権残額七十一万三千六百二十六円十九銭の債権を有していたところ、被控訴人は同人に対する租税滞納処分として昭和二十八年十月二十九日右債権を差押えたから、同人に代位して控訴人に対し右金額の支払を求める旨主張して訴を変更するに至つたものである。被控訴人は、宮地清蔵が控訴人に対し金七十一万三千六百二十六円十九銭の支払を請求し得る権利を目して、先ず原審において貸付金残額の債権であると主張し、次に控訴人主張の如き求償債権を目的とする準消費貸借に基く債権であると主張し、最後に当審において求償債権であると主張するに至つたのであるから、結局被控訴人が本訴において追求する目的は、右訴の変更の前後を通じて実質的に同一な経済的利益に外ならないものと解せられる。従つて、右訴の変更は請求の基礎に変更を及ぼさないものといわねばならぬ。

なお、被控訴人は、宮地清蔵の控訴人に対する債権を代位行使する理由として、最初は前示貸金債権を昭和二十五年十二月十二日差押えた旨主張し、次に前示求償債権を昭和二十八年十月二十九日差押えた旨主張するのであるが、被控訴人の右代位権の如きは被控訴人において宮地に代つて控訴人に対し右債権の支払を求め或は訴訟を遂行し得る権能の基礎であるのに止まり、本訴の請求原因をなすものではないから、前記訴訟物の変更が前示の通り請求の基礎に変更を及ぼさない以上、被控訴人の代位権の発生原因につき主張の変更があつても、それのみでは訴の変更とならず従つて本訴の請求の基礎に何等の影響を及ぼすものではない。

次に、被控訴人は、前示の通り、控訴人の主張を援用して請求原因を変更したものであるから右変更により控訴人の防禦を困難ならしめるものでないことは明らかであり、また当事者双方は従前の証拠資料をそのまま利用し得るのであるから、本件訴訟手続を著しく遅滞せしめるものでないことは勿論である。

よつて被控訴人のなした右訴の変更は適法としてこれを許すべきものであつて、控訴人の抗弁は理由がない。

そこで進んで本案について判断する。

成立に争のない甲第一号証の二、三、甲第二号証の二、甲第八号証の一から五まで、乙第一号証、原審証人大津健治、原審及び当審証人信岡正夫の各証言並に弁論の全趣旨を綜合すれば、訴外宮地清蔵は控訴人が訴外株式会社大阪銀行尾道支店に対し負担していた借受金債務の保証人として控訴人のため、昭和二十四年三月三日金七十万千九百六十円四十銭同月四日金二十万二百三十二円合計金九十万二千百九十二円を右訴外会社に支払つたので、控訴人に対し右同額の求償債権を取得することになつたが、現在その内金七十一万三千六百二十六円の債権が残存していること右求償債権については利息及び弁済期の定めのなかつたこと、並びに右宮地清蔵は昭和二十五年度所得税(課税年度昭和二十二年度)金八百六十八万五千六十二円利子税延滞加算税督促手数料昭和二十五年度所得税(課税年度昭和二十三年度)金千百三十八万三千二十三円利子税延滞加算税督促手数料、昭和二十五年度贈与税金二万五千二百六十九円利子税延滞加算税、昭和二十五年度再評価税金二万七千百二十円利子税延滞加算税を滞納し、現在までその支払をしないことを認めることができる。

そして広島国税局長収税官吏大蔵事務官橋本実春が宮地清蔵に対する租税滞納処分として、昭和二十八年十月二十九日同人の控訴人に対する前示求償債権の差押をなし、同日債務者たる控訴人に対し右差押の通知をなし且つ同人に代位して控訴人に対し同年十一月六日までに右求償債権を支払うよう催告したことは当事者間に争がない。

ところで、控訴人は、控訴人と、訴外宮地清蔵との間においては、同訴外人に対する控訴人の債務の返済について控訴人の決算利益が生じた場合においてのみその都度話合の上、利益の一割以上を返済する旨の特約が昭和二十四年三月三日成立しているから前示差押にかかる求償債権は未だ弁償期が到来しない旨抗争するので、この点について判断する。

なるほど、昭和二十四年三月三日附の乙第二号証の契約書には右主張事実に符合する記載が存在する。しかし、成立に争のない甲第五号証の一、二、甲第六号証、乙第三、第四、第五号証、原審証人永俊敏正、原審及び当審証人信岡正夫の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、被控訴人は昭和二十五年十二月十二日宮地清蔵の前示滞納租税に対する、滞納処分として同人の控訴人に対する貸金債権金七十一万三千六百二十六円の差押をなし、同日、控訴人に対し右差押の通知をすると共に右債務の支払方を催告したこと、控訴会社は宮地清蔵がその代表社員として実権を掌握する同族会社であるから、右差押による支払を回避する目的で、右差押のなされた後、確定日附のない乙第二号証の如き契約書を勝手に日附を遡らせて作成することは極めて容易であること、昭和二十五年十二月中旬頃大蔵事務官信岡正夫が広島国税局長の命により控訴会社に赴き宮地清蔵の控訴会社に対する債権につき調査し、特にその弁済期について質問した際右乙第二号証の書面を示されたことはなく、また控訴会社の会計の帳簿関係の事務に当つていた永俊敏正も右信岡の調査より後に初めて乙第二号証を見たこと並びに右乙第二号証成立後控訴人は宮地清蔵に対し前示求償債務の一部及び他の借受金債務を、決算利益がないのにかかわらず、弁済していることを認めることができる。従つて乙第二号証の契約書は前示差押後、右差押による支払を回避するのみの目的で作成せられた疑が多分に存するから、前示乙第二号証の記載は遽に措信できない。また原審証人永俊敏正、当審証人三浦数政の各証言並びに原審における控訴会社代表者本人訊問の結果中控訴人の右主張に副う部分は容易に信用し難く、他に右主張事実を認めるに足る証拠は存在しない。

しからば、国税徴収法第二十三条の一第二項に基き宮地清蔵に代位して控訴人に対し前示求償債権金七十一万三千六百二十六円の支払を求める被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきものである。

よつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 植山日二 裁判官 佐伯欽治 裁判官 松本冬樹)

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